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刃の向きと殺傷力 [や行]

米国留学時代に、格闘技とか護身術などに詳しい知人が居ました。
詳しいだけでなく、自分自身も格闘技をやっている人が、
男女問わず、日本人でちらほらと居ました。

見るからに格闘技やってますね、という見てくれの人もいれば、
か弱い女子に見えて、有段者である人とかも。
折あらば、いろんな逸話を披露してくれるのだった。

けっこう前の話なんでうろ覚えですが、北海道出身のとあるその人は、

「地元の公衆トイレで、女の人が不審者に襲われて殺されちゃったんだけど、
その数分前に自分も同じトイレ、同じ個室を使っていたの。
もし数分前にわたしが襲われていたなら、ぜったい撃退できた。一人救えたのに」

本物だな……すごい自信! と感銘を受けた記憶があります。

かれらは護身術のコツとかを、折あらば会話の端々で教えてくれ、
また口コミでも、友人伝いに耳に入ってくるのでした。
そんな彼らが口を揃えて言う、一番怖いというのが――。

「時代劇で、父上の仇!とか言って、たすきをかけた娘さんが、
小柄(こづか)を両手で握りしめて、銅回り――帯の脇に据えた状態で、
タッタッタッタと全身で、ぶつかるように突進してくる、あれが一番、殺傷力が高い。こわい……」

剣をブンブン振り回す殺陣は、喧嘩の仕方としては上等かもしれないが、
回避する術がなくはない。
大抵の武器には、対抗できる護身術、対処法がある。

いっぽうで、上記の方法だと一番、避けにくい、躱(かわ)しにくい。
振りはらおうとか、奪い取ろうとか絶対に試そうとせず、
身近にあるもの投げつけ盾にして、一目散に逃げるが賢明。

かつて『踊る大捜査線』の映画でも、
青島刑事が、副総監・誘拐事件の犯人を確保する際、
踏みこんだ容疑者宅で、その母親に刺されて重傷を負います。
いきなりドン、と背後に女がぶつかってきて、
青島刑事が振り向いた次のシーンで、包丁でぶっすり刺されているって分かる。

……これだよ、これが怖いやつだよ……リアリティだ……

いつしかそんなふうに映画を見るようになってました。

で、刃の向き。
出刃包丁を普通に持って殺すのと、
刃を上にして殺すのとでは、殺傷力が違う、と。
力の入り具合が違うのか。
本気度も違いますよね。

ざっくりとした話ですが、
刃の向きが上向きだと《明確な殺意あり》。
刃の向きが下向きの、通常の使い方だと、
《無我夢中の正当防衛》という主張が通りやすい、
……そう一般に言われています。

で、映画とかアニメとかでも、わたしはその辺にわりと注意を払って、つい見ます。

海外の中世時代の剣は諸刃(もろは)で両刃だったりもするけど、
海外だって、ふつうのナイフは片刃だ。

気合の入っているアニメなどで、
手習い程度で刀を振るっていた登場人物が、
真剣になったとたん、俄然、刃のほうを上にし、斬りこみだしますよね。
この登場人物……本気だ……制作サイドも本気だ……と、
見ているほうもビリビリと来るわけです。

こないだまでやってたFate/Stay night(UBW)の、
セイバーとアサシンの戦いなど、顕著でした。


Saber vs Assassin 2014
http://youtu.be/v0R_CdqHtM8
(セイバーとアサシンの剣闘シーンを抜粋してまとめてあるyoutube。)

本気モードが上がると、打ち合い中の刃の角度がどんどん上向きに。
アサシンの刀は長すぎだと思うし、その切れ味で鍔(つば)がないと、自分の指まで落とさないか。
……という点はさておき。だってこの人たち英霊だし。

鑑賞のみならず、自らが小説を書くときも、刃の向きの殺傷力は、意識しつつ書いています。
刃の向きに関して、なんら関心のない人にとっては、どーでもいい描写かもしれなくも、
そこには必要な意味、こめたい状況描写が。
伝わる人には伝わってほしい、そういう心理を投影して書いていたりする。

いま『カンパニュラの銀翼』の英訳チェック中なのですが、
シグモンドが袖の内側に仕込んでいた、銀のナイフを使うシーンで。
《シグモンドは左手でベネディックの肩を強く摑み、抱き寄せると右腕を背中にまわした。
右手の短剣を裏返して刃を上にし、自分向きに逆さに手首を返すと、~(以下略)~》

小さな武器で(おまけに膝を突いた体勢なのだ)、
必要最低限の力でも、すみやかに最大限の殺傷力を及ぼせるだけの努力と工夫として、
ナイフを裏返し、わざわざ刃を上にする。
動揺しつつも、そのひと手間を取るだけの冷静さを保ってもいる。
短い文だけれど、シグモンドの本気度がひっそり表われる行為なのですが、
英訳では、シグモンドが刃を上に向けるフレーズが、なんとそっくりカット。

Sigmund gripped the baron's shoulder firmly with his left hand, and threw his right arm around his back as if to embrace him. Turning his right wrist so that the blade faced back towards him,~(以下略)

無いぞ……刃を上にする一文が見あたらない。

前文の原文で、銀のナイフと書いているものの、
この文章では、短剣としているため、両刃のダガー(dagger)の類だと思われたか。
それで刃の向きを変える描写が、辻褄があわないと、削除されたか……?
そう想像しかけたものの前文できちんとknife(ナイフ)と訳されている時点で、片刃。
当該文章の短剣=bladeとなっている。
bladeって必ずしも両刃なのかなあ、両刃だとしたらそこから指摘せねばならないわけだが……。
(ここでは短剣というよりも、むしろ刀身という意味で使われていると思うのよ。)

そもそもhim his が一文に多い文章で、
ひとつの文に、
his left hand、
his right arm、
his back、
him
と、つぎつぎ出てくるが、これちゃんと通じるのかしら?

his left hand→シグモンドの左手
his right arm→シグモンドの右腕
his back→ベネディクトの背中
him→ベネディクト
という意味で、
合間にSigmundともBenedictとも書かれてないのに、
himやhisの代名詞が誰を指すかが、同文のうちでスイッチしている。

himがベネディクトを指した、つづく次の文頭、Turning his right wrist→
シグモンドの右手首……。
これ初読の読者にすんなりと区別がつくのか。混乱を来さないか?

どう赤ペンを入れたらいいか、思案中。