SSブログ

ラ音 [ら行]

いまも『カンパニュラの銀翼』をちくちくと英訳チェック中です。
遅々として進まずに時にはジリジリするも、
興味深い発見が、ちょくちょくあります。

誤訳をチェックするわけですが、
なにしろわたしの英訳を担当してくださってる訳者は、
読解力や英訳力のみならず、センスもピカイチ、と読んでいてヒシヒシわかるので、
いちいちもって興味深い。

たとえば《虎落笛》とか、どう訳すんだろう…….。
hissing soundとかか?
と思っていたら、
rimeflute
と造語してありました。

《虎落笛とは、冬に窓を吹き抜ける隙間風の音のことだ。》
という原文を、
→冬に窓を吹き抜ける隙間風の音のことを、シグモンドが住んでいる地域では、rimefluteと呼ぶのであった。

といった感じに。すごい。rimeとは、霜で覆われ凍てついた窓とかを表す単語。
なあるほど。

いっぽうで素敵な誤訳にも出会います。
もういっそこれでいいじゃないか、と思えそうな素敵誤訳。

さきほどの虎落笛を、原文で私は《連続性乾性ラ音。喘鳴音にもよく似ていた。》
と例えているんですが、
この連続性乾性ラ音のラ音というのは、ラッセル音という意味の、医学用語の略語です。
ラッセル音とは、ドイツ語のRasselgeräuschとかいう、
キシキシ……ガタガタ、ガラガラ、軋むような雑音、
という単語からどうやら来ているようです。
さすが医学用語はドイツ語仕様だった日本ならでは。

このラ音という語感が、日常語とかけ離れていて、
わずかに異様な響きと字面が、個人的にちょっとたまらなくて使ったのですが、
この乾性ラ音、英訳するとdry raleのはず。(連続性ラ音とするならばrhonchus。)

で、その《ヒュウヒュウと糸を引くように漏れ聞こえてくる連続性乾性ラ音》が、
……なんとラの音階の喘鳴音と、訳されている。
a drily whistling string of A naturals escapigng one after another.
と、すっごく詩的に誤訳されているのだ。

糸を引くように――とあるせいで余計に弦楽器とAの音を彷彿とさせたのかもしれません。
(糸を引くように、とは納豆や蜘蛛が糸をひくように、粘っこく、音が絡まりつつある感触なのだが。)
……私自身も、ラ音という語を初めて知った時には、ラの音かと一瞬、思ってみたりもしましたが。
ドレミファソラシドのラの音がする、絶対音感的な意味合いとは異なるわけです。

誤訳ですし、原文の意図と異なりますから、そりゃ直しますが、
これまでの文体から推し量って、
ラの音階で喘鳴音が聞こえるようだ――と表現しそうに思いこまれたのだろうなあ……
(たしかに我ながらそんなふうに書きそうだものなあ)

躊躇いがちに、せっせと赤ペンを入れていくのであります。


共通テーマ: