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The English Patient [さ行]

イングリッシュ・ペイシェントをBSでやってるので見てる最中なんですが、
わたしはこの映画が大好きです。
飛行機! 砂漠! 廃墟! 発掘! 聖堂! 絵! 落下傘! 諜報員! 
……ってかんじで、好物な素材が出てきすぎて困っちゃうよ。
おまけに役者もとても良い。
終盤の「Thank you」と注射の流れに、えらく感動した覚えがあります。
そのシーンのジュリエット・ビノシュが無茶苦茶よかったので、
アカデミー助演女優賞を取ったのかと思います。

そんなイングリッシュ・ペイシェントなのですが、
冒頭、ジュリエット・ビノシュ演ずる従軍看護婦が、
病人を収容する汽車に揺られつつ、かなり悪い負傷兵の患者に、
Would you kiss me? (キスしてくれませんか)
と頼まれて、
NO, but I will bring a cup of tea.(だめ。でも紅茶を入れてきてあげる)
とかなんとか答えるシーンがあります。

するとその負傷兵が、
That means a lot to me.(それだけでもう僕には大層、嬉しいよ)
と答える。

ジュリエット・ビノシュは、じっとその負傷兵をみて、
Really?
とかなんとか疑り深そうに言ってから、
負傷兵が気の毒になって、可哀想になり、同情で額にキスしてあげる。
で、それを見た周囲の負傷兵が
Would you kiss me? Nurse~!? (キスして、俺にも、さあ看護婦さーん)
ってな感じで、からかいつつ、冗談半分にせがむのを、
That's funnyだかyou are verry funnyだか言って、
ウケるわ、とか笑いながら往なして、去っていくシーンです。

ざっくりなので、細かい言葉はちがうかもしれないが、ニュアンスはそんな感じです。

それがだ。

That means a lot to meのところが、「キスでなおる」と字幕が出ていて、
えええええ~と。
「キスでなおる」と負傷兵が要求し、
「ほんとう?」
とジュリエット・ビノシュが思案顔をして、キスしてあげる、という訳になってる。
That means a lot to meのThatはキスのことではなくて、
お茶を持ってきてくれる、ということを指すのではなかったか。

NHK・BSの日本訳だとジュリエット・ビノシュが負傷兵の「キスしてくれ」「キスでなおる」
というセクハラに屈服して、キスする流れに見えます。

本来は負傷兵は丁重にお願いし、しかも断られ、断られても、
お茶だけでも君が持ってきてくれるの充分に、痛み入るのだ
とアピールし、そのけなげさにジュリエット・ビノシュ演ずる看護婦がじんわり心打たれて、
ほだされて、額に軽くキスしてあげる、
というピュアな流れのはずなのでは……。

字幕は文字数があるので、細かいところは訳しきれないにしても。
確信犯な訳で非常にイラつきます。

基本的にこの作中の登場人物は上流階級だったりと、
ちゃんとした丁寧な英語をさらりと使いこなしている世界であって、
あるいはインテリな国際派の、
古めかしいけど、わかりやすい言い回しってのを多くで再現してあって、
そういう格も、てんで反映されていないのが残念です。

かと思うと、
いきなり門前にやってきた男にむかって、
What do you want?
と問いかけるシーン。
「ご用は?」
って訳されてるけど、
こちらは本来、「なんの用?」
と、ぞんざいな感じであるべきなのに。

radiator(ラジエーター)をアンテナって訳してたけど、
ここ砂漠で(日中熱い)
しかも車が非常に困った状況に直面していて、
予備のradiatorがないとか言ってるのは、果たしてアンテナのことなんだろうか。
助けを呼びにいくことになるので、アンテナの事かもしれない。
が、単にラジエーターの気もしてなりません。

言いだしたらきりがないので、ここでやめます。

あともう一箇所だけどうしてもいいですか。

You can't kill me. I died years ago.(君に私は殺せない。私はとうに死んだも同然だ)

No, I can't kill you now.(ああ。もうお前を殺せないよ)

というシーンがあるんですが、

You can't kill me.I died years ago.
(きみに僕は殺せない云々)からの次の台詞の字幕が、
No, I can't kill you now→「いや、殺す気がうせた」
となっていて、これもう誤訳ですよ明らかに。

否定文に賛同するときは否定形Noで答える、
すなわち日本語にすると、ああそうさ、今となっては殺せない、って意味なのに。
なに「いや」とかいって否定しちゃってるんですか。
発音でIとかyouのところにアクセントが来てたりしたらまたニュアンスが異なる場合がありますが、
そんなアクセントもない台詞ですよ。

訳というのは、難儀なもんです。
微妙なセリフ回しが多い作品で、
言葉のニュアンス次第で、これではまるでB級の昼ドラのようだ。
訳は映画の印象を大きく左右しかねず、訳がダサいと映画も駄作になる恐れが……。